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名古屋高等裁判所 昭和46年(ネ)588号 判決 1973年3月19日

控訴人 安江存

被控訴人 平野喜久子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の提出・援用・認否は、左に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、右記載をここに引用する。

(被控訴人の主張)

一  被控訴人は、当審において、左の主張を追加し、これを主位的に主張する。すなわち、取引の実際においては、受取人または振出日等を白地のままで約束手形を振り出すことは、普通のこととして行なわれており、かかる手形の取得者は、その取立に当つてはじめて右白地を補充するのが通例である。かような実情の下においては、手形を紛失する時点においては、むしろ、これが白地手形である場合の方が多いとさえ思われる。また、白地手形の喪失者を、現実に白地の補充をすることが不可能だからというだけの理由で、完成手形の喪失者よりも不利に取扱うべき合理的根拠もない。それ故、白地手形を喪失し除権判決を得た者には、手形外の意思表示による白地補充権の行使が認めらるべきであり、これによつて、完成手形を喪失し除権判決を得た場合との権衡を保ち得るものというべきである。よつて、被控訴人は、当審昭和四七年一〇月二三日午前一〇時の口頭弁論期日において、本件白地手形の受取人欄の白地を「平野喜久子」(被控訴人)と補充する旨の意思表示をする。該意思表示によつて、本件手形は完成手形となつたから、被控訴人は、振出人である控訴人に対し、本件手形金四〇万円およびこれに対する満期後の昭和四六年三月二日以降支払ずみにいたるまで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める。

二  仮に、右主張が認められないとすれば、被控訴人は、予備的に、原審における各主張を、原審において主張した順序により、当審においても維持するものである。

(控訴人の主張)

一 被控訴人の右主張第一項は争う。被控訴人は手形は白地手形として流通するのが一般であるかのようにいうが、そのようなことはない。実質的にみても、白地手形の所持者ですら手形外の意思表示による補充が許されないのに、喪失者にはこれが許されるというのでは、喪失者の方がより強力な立場を得ることになり不当である。

二 控訴人には、本件白地手形の再交付義務はない。白地手形の喪失者は、除権判決を得たとしても、喪失手形の取得者からの権利行使を拒み得るに止まり、もはや、手形上の権利行使をなすべき手段を有しないのである。被控訴人主張のごとく、白地手形の再交付をしなければならないものとすれば、新旧両手形の流通を認め、取引上混乱を招く結果となるばかりでなく、除権判決制度の目的とするところを超えて、喪失者を過度に保護する弊を招く。右のような主張は、立法論としてはとにかく、解釈論としては失当である。

理由

一  成立に争いない甲第一号証、原審証人二村友代志の証言により成立を認め得る同第二、四号証、原審における被控訴人本人尋問の結果により成立を認め得る同第三号証、原審証人二村友代志の証言、原審における被控訴人および控訴人(控訴人については一部)の各本人尋問の結果を総合すれば、左の事実を認定し得る。

1  訴外東建設工業株式会社(以下「東建設」という。)は、昭和四五年二月中旬ころ、その資金繰りに窮したため、木材の買入先であつた控訴人に頼み、融通手形を交換し、これを他で現金化して一時を糊塗しようと考え、そのころ、控訴人から金額六〇万円、満期昭和四五年三月一五日、受取人白地なる約束手形一通の振出交付を受けた。

2  そこで、東建設は、訴外二村友代志に右手形の買取先のあつせんを依頼した。右二村は、当時東建設に工事を請負わせており、工事代金の前渡もしていた関係で、東建設が倒産すれば自己も損害を蒙ることになると思い、知人である被控訴人に右手形の買取を依頼した。被控訴人は、これを承諾し、同年同月二三日、右手形を金六〇万円で買取り、二村に代金を交付した。右金員は、即日二村から東建設に手渡された。

3  右手形の満期が近づいたので、被控訴人は、訴外大和銀行にその取立を依頼したところ、これが満期に不渡りになつてしまつた。そこで、被控訴人は、早速、仲介者である前記二村にその旨連絡したので、二村から控訴人に対し、右手形金支払の交渉がなされた。控訴人は、二村に対して、同年三月一七日(満期後二日内)に同人のもとに金六〇万円を持参し、被控訴人の取引銀行(大和銀行)に振込みできるよう用意すると確約したが、結局、同日には金二〇万円しか調達することができなかつた。そして、残額四〇万円については、新しく約束手形を振出すから、被控訴人の前記六〇万円の手形の銀行取立を取下げてもらいたいと頼んだ。

4  次いで、二村は、被控訴人にこれを連絡し諒承を得たうえで、同日夜、控訴人から本件白地手形(その手形要件の記載内容は、原判決請求原因第一項摘示のとおりである。)の交付を受け、翌一八日、さらにこれを被控訴人に手交した。他方、被控訴人は、控訴人の調達した前記二〇万円を二村を介して受領し(甲第二号証)、当初の手形を銀行から取戻して控訴人に返還した。

5  被控訴人は、間もなく、本件白地手形を紛失したので、ただちに愛知中村簡易裁判所に公示催告の申立をなし、昭和四六年二月一八日、同裁判所において除権判決がなされた。そこで、被控訴人は、同年同月下旬ころ、控訴人に対し手形の再交付を求めたが、控訴人は、もともと本件手形の振出により利益を受けたわけではなく、東建設が倒産したことにより損害を蒙つていたところから、被控訴人の右再交付請求を拒否した。

以上のように認定される。右認定に反する原審における控訴人本人尋問の結果は、にわかに措信し得ず、他に右認定を動かし得る証拠はない。右認定の事実関係によれば、控訴人は、本件手形を被控訴人にあてて受取人欄白地のまま振出し(右白地補充権を被控訴人に授与)、被控訴人の代理人二村友代志に交付したものということができる。

二  被控訴人は、まず、「本件白地手形については前記のように除権判決がなされたので、当審昭和四七年一〇月二三日の口頭弁論期日において、受取人欄に被控訴人の氏名を補充するとの意思表示をなし、これによつて右手形は完成した。よつて、振出人たる控訴人に対し本件手形金四〇万円の支払を求める。」と主張する。

しかしながら、一般に、喪失した白地手形について、たとい、除権判決がなされても、これによつて当該白地手形自体が復活するわけではない。右手形の振出人から手形の再発行を得、その白地を補充したうえ請求するのであれば格別、除権判決を得たのみでは、白地を補充して手形上の権利を行使するに由ないものである。たんに、手形外で白地を補充する旨の意思表示をしたからといつて、これにより白地補充の効力を生じたものとすることはできない(最高裁判所昭和四三年四月一二日第二小法廷判決および昭和四五年二月一七日第三小法廷判決参照)。

よつて、被控訴人の右主張は採用できない。

三  進んで、控訴人に対する手形再交付義務不履行に基づく損害賠償請求の点について検討する。

およそ、白地手形を喪失した者が、当該手形について除権判決を得た場合、その白地を補充して手形金の請求をなすため、手形債務者に対し手形の再発行を請求し得るか否かについては、従来争いの存するところであるが、当裁判所は、右の点を積極に解し得るものと考える。その理由は次のとおりである。

1  まず、本件の場合において、被控訴人に再発行請求権が認められなければ、被控訴人が本件手形につき除権判決を得た実益は、ほとんど存しないといつて過言でない。控訴人は、本件除権判決の存在により、被控訴人は喪失手形の取得者からの請求を拒否し得るというが、前認定の事実関係によれば、被控訴人は右手形を何人に対しても裏書してはいないと認められるから、第三者から手形上の権利を行使される恐れがなく、控訴人のいうような利益は存在しない。被控訴人としては、本件手形に関し、積極的に何らかの権利行使ができなければ、除権判決を得たことは無意味に帰する。そこで、本件において、被控訴人が手形の再交付によらずして、いかなる権利行使の手段に訴え得るかを考えてみる。まず、手形外で白地を補充する意思表示をなすことの許されないことは、さきに見たとおりである。つぎに、控訴人と被控訴人との間においては、被控訴人が本件白地手形の原因関係に基づく権利と目すべきものを有しないことは、前記認定の事実関係より明らかである(本件手形振出の縁由となつた旧手形は、被控訴人がこれを控訴人に返還してしまい、現在ではこれに基づく請求をなすに由ない。)。さらにまた、本件手形に基づく利得償還請求権の行使については、本件手形が未補充の白地手形であることからして否定的に解さざるを得ない。なお、民法上の不当利得返還請求権も、控訴人において前記旧手形債務中金四〇万円の支払を免れたことにつき、法律上の原因が存する以上(前述のように、被控訴人は旧手形を本件白地手形に書替えを受け、控訴人に旧手形を返還した)、にわかにその成立を肯認しがたい。このように見てくると、被控訴人が控訴人に対し手形再発行請求権を有しないとすれば、被控訴人の権利の救済はきわめて不充分であるといわざるを得ない。完成手形を喪失して、これに対し除権判決がなされた場合に比し、著しく権衡を失することになるのである。

2  商法二三〇条は、除権判決を得た株券の喪失者に対し、会社に対する株券の再発行請求権を与えている。右規定は、元来、除権判決が証券の喪失者に証券の所持を回復したと同一の地位を与えることを目的としているにかかわらず、かかる地位が与えられたとするだけでは、喪失者が証券上の権利を行使し得ず、または、右権利を充分に行使し得ないことがあるので、かかる場合、除権判決の存在を実益あらしめるため、喪失者に新証券の交付請求権を認めることを配慮したものと考えられる。株券のような継続的権利を化体した証券については、かかる新証券交付請求の必要性が特に強いので、まず株券について右のごとき規定が置かれたわけである。したがつて、法律上明文のない証券についても、たんに明文がないからといつて、新証券の交付請求権を否定し去るべきではなく、必要性さえあれば、これを認めてなんら理論上不可なる点はない。手形法には、控訴人主張のとおり、除権判決を得た手形についての再交付請求権を認めた規定はないが、これは、手形が株券と異なり、短期間の流通によつてその生命を終わる一時的な証券であり、かつ、現時におけるごとき多数の白地手形の流通(これは公知の事実である。)を予想しなかつたため、前記商法の規定に対応する規定を置かなかつたにすぎない。手形法上の規定がないからといつて、除権判決を得た喪失手形につき、その再交付請求権を絶対に否定すべきものと解してはならない。しかして、本件は、まさに、かかる再交付請求権を認むべき必要性が存する事案であるというべきである。

以上の次第故、被控訴人は控訴人に対し、本件喪失手形の再交付請求権を有するものと解すべきところ、さきに認定した事実関係によれば、控訴人は本件除権判決があつた後で、かつ、右手形の満期の後である昭和四六年二月下旬ころ、被控訴人の再交付請求を拒否したことが明らかである。右のように、手形の満期後における再交付請求が拒否された場合には、被控訴人に対して、改めて再交付請求の訴の提起を要求することは、社会通念からいつても無意味に近く、また、仮に、右訴訟を提起して被控訴人が勝訴したとしても、控訴人においてなお再交付に応じない恐れが多分に存すると思われる。よつて、かかる場合には、被控訴人は控訴人に対し、右手形再交付義務の不履行を原因として、直ちに、これに代わる損害の賠償(すなわち、本件手形金に相当する金額の支払)を求め得るものというべきである。よつて、被控訴人の控訴人に対する、右損害賠償金四〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年三月二日以降右支払ずみにいたるまで商法所定年六分(右損害賠償は、手形に関する義務の不履行に基くものとして商事債務と解すべきである。)の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は、正当として認容すべきものである。

四  上述のような訳であるから、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。よつて、民訴法三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口正夫 宮本聖司 新村正人)

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